ブログでサッカーの話をします
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23:43:38
11/21(土)。埼玉スタジアムで磐田戦でした。


2009年はレディースに集中していたので、トップチームの試合は片手、否、両手で数える程しか観に行けず。久々の試合は劇的な逆転勝利。

失点の場面は油断が目に見えて分かりましたが、90分の内容は充実していた印象。
結果と内容が伴ってきた気がします。


さて、そんな磐田戦だったんですが、ちょうどレディースのマッチデイ優勝記念特別号が発売されました。
中々に感慨深いものがありましたが、改めて本当に優勝してよかった、そんな事を思いました。

その特別号内で、レディースの歴史が記載されています。

2004年のレイナス時代の優勝パレードから2009年の優勝までを取り上げており、当時の事を思い出しました。


と、そんな流れで選手権まで日程がありますし、少しばかり過去を振り返ってみましょ。
振り返りは「青年A」の視点で。

そんではまず、2004年のリーグ戦までを。
どこから遡り回顧するか迷いますが。

――――――――――
【出会い】
青年Aが「女子サッカー」に出会ったのは2003年。

2002年の日韓共催W杯の翌年、アメリカで開催された女子W杯。
深夜、テレビ中継されており、屈強な相手と戦う選手達を初めて見た。

当時、京都パープルサンガ(現:京都サンガFC)を応援しており、チームが栄光の後降格という盛衰を目の当たりにしたAにとって、女子代表の懸命なプレーは元気を取り戻す要素の一つとなった。

そして翌2004年。サッカー雑誌の付録「Lリーグ選手名鑑」でさいたまレイナスを初めて知る。
レイナスで目に留まったのは二人。
代表の守護神、山郷。若くして10番を背負う安藤。

特に安藤は年齢が近い事や、京都で若くして10番を背負う松井大輔(現:グルノーブル FRA)を重ねてみた事で、大きく興味を持った。


【意思と五輪】
当時は五輪イヤー。
サッカーU-23への期待が膨らむ中、サッカー雑誌の特別号も多数出版。

Aも例に倣って一冊を購入。
男子だけでなく、女子代表も取り扱っている物を購入した。

その雑誌の山郷や安藤の記事を読み、Aは衝撃を受けた。

小中学校のグラウンドを回り練習するジプシー生活。
仕事や学業との両立で夜限られた時間に練習する環境。

将来を考えず時間の経過を待つだけの日々を過ごしてきたAは、何とか彼女たちの力になれないか必死に考えた。
そんな間に日々は経過し、五輪の試合日となった。

なでしこJAPANは初戦の強豪スウェーデン戦で見事に勝利を収め、2戦目ガーナ戦では敗戦したものの、見事ベスト8へ進出。
男子が強豪国と打ち合いの末にグループリーグ敗退の結果とは対照的であった。


ベスト8でアメリカに惜敗したなでしこJAPANであったが、全国的な知名度は向上。
女子サッカーに光が灯り始めた。


【国体優勝】
五輪後、休む間もなく埼玉県で国体が開催。
埼玉県代表としてアテネから戻ってきた山郷と安藤も出場する。

テレビで選手の高い技術と懸命な姿勢を見たAは、生で試合を見る機会だと、埼玉県越谷市しらこばと競技場へ出向いた。
学生の身分で時間を持て余していたAは、国体4日間の日程を全て観戦。埼玉県代表の優勝を見届けた。

国体は五輪を消化不良のまま終えた安藤が大活躍。
実際に間近でプレーを見たAは、安藤のサッカーを見たいと思い、Lリーグ再開を待った。


【リーグ再開】
2004年9月19日にリーグは再開。
再開後の試合でレイナスはアウェイの地、宮城県でYKKAPフラッパーズ(現:TEPCOマリーゼ)との試合。
それまで首位だったレイナスはYKKに0-0で引き分け、同日に2位のベレーザが勝利したため首位から転落。

翌週の試合では勝利したものの、ベレーザも勝利。
直接対決が残されているため自力優勝が出来る状況ではあるが、それまでの取りこぼしも許されない。厳しい状態は何も変わらない。


2004年10月3日(日)。
Aは初めて「さいたまレイナス」のサッカーを見た。
雨の駒場スタジアム。

ピッチコンディションが劣悪の中、レイナスは前半に4得点。後半は逆に2失点したが、前半のリードを保ち勝利。
ベレーザとの勝ち点差を維持したまま、次節10月11日の直接対決へ。


直接対決の日。初めてAはレイナスを応援した。
具体的に何をしたのか。応援の言葉そのままに選手に声援を送ったのだ。

会場での邂逅もあり、3人で応援をしたA。初めて同じ目的で戦う仲間を見つけた。
白熱した試合は0-0のスコアレスドロー。

この結果、レイナスの自力優勝の道は閉ざされてしまった。


【首位奪還へ】
勝ち点差2を維持したまま臨んだ第12節のTASAKIペルーレ戦。

TASAKI戦は浦和レッズのトップチームの試合と被ってしまったが、1200人の観客を集め行われた。
試合は先制を許す苦しい展開。リードを許したまま前半を終える。

エンド変わった後半。FKから相手のオウンゴールを誘発し同点に追いつくと、続いてTASAKIのDF陣の裏に抜けたボールを高橋唯がGKから掻っ攫い無人のゴールへ逆転ゴールを決める。

逆転したレイナスは集中を切らす事無く試合を終え勝利。
同時にベレーザが伊賀FCくノ一に敗戦する朗報が入り、レイナスは残り2節で首位の座へ返り咲く!


【栄光へのカウントダウン】
第13節はアウェイで大原学園との試合。

Aは試合を見られなかったが、出来たばかりのLリーグ公式サイトで朗報を待った。

結果は1-3で勝利。
首位に返り咲いた緊張もあったのだろう。
先制を許したレイナスは安藤の2得点で逆転。復帰したばかりの北本のゴールで追加点を奪い勝利。
首位の座を守ったまま最終節を迎えた。


2004年10月31日(日)
最終節はアウェイ高槻戦。
それまで遠征などした事がなかったAだったが、この時ばかりは考える前に体が動いた。

新幹線の切符を購入し試合当日に移動。
会場である萩谷サッカー場までレイナスがチームバスを運行するサービスがあったため、最寄り駅の摂津富田駅まで向かいバスに乗った。

知った顔と見知らぬ顔が混在する中、バスは会場へ到着。
キックオフの笛が吹かれた。


試合は2トップの一角で先発した若林が開始早々に2得点。
その後も攻撃の手を緩める事無く岩倉、高橋唯が追加点を奪い前半で4-0。
後半に一点を返されるが、安藤が追加点を奪い1-5の快勝。

こうして、さいたまレイナスは最初で最後の優勝を果たした。


++データ++
さいたまレイナスFC
14試合 11勝3分 勝ち点36(2位ベレーザ:35)
35得点 8失点 得失点差27

*表彰選手*
最優秀選手:安藤梢(レイナス)初
得点王:安藤梢(レイナス)初
新人王:村岡夏希(伊賀くノ一)
敢闘賞:荒川恵理子(日テレ)初
優秀監督賞:田口禎則(レイナス)初
フェアプレー賞:伊賀FCくノ一

-ベストイレブン-
GK:
山郷のぞみ(レイナス)6回目
DF:
磯崎浩美(TASAKI)6回目
笠嶋由恵(レイナス)初
田代久美子(レイナス)初
山岸靖代(伊賀くノ一)5回目
MF:
安藤梢(レイナス)2回目
酒井與惠(日テレ)9回目
高橋彩子(レイナス)初
川上直子(TASAKI)4回目
FW:
荒川恵理子(日テレ)2回目
大谷未央(TASAKI)4回目

―――――――――

こうやって2004年を振り返ると、チームも選手も本当にギリギリの所で得た優勝やったんがよく分かります。選手権も同様でした。

それは追々。
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